源氏物語
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【第4帖】夕顔(ゆうがお)【源氏物語あらすじ・解説】

藤村さき
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光源氏17歳の夏から10月のお話です。「帚木」三帖のうちの第三帖。

「帚木」巻にある「雨夜の品定め」で「常夏の女」と呼ばれた女性、夕顔とのエピソードが語られています。

源氏は夕顔に後々まで思いが深く、後の巻で彼女の娘である玉鬘を引き取ります。

以下、あらすじは対訳にはなっていませんのでご注意ください。

あらすじ

大弐の乳母の家に立ち寄る源氏

源氏は六条の恋人のもとに行く途中、病気で尼になった大弐の乳母の家に立ち寄った。

大門が閉めてあったので、乳母の息子である惟光を呼び出してもらうことにして、その間源氏はあたりを眺めていた。

すると惟光の家の隣で、何人かの女が外を覗いているのに気が付いた。その家は簡素なつくりで、蔓草が覆っているなかに白い花が見えた。

その白い花の名をそばの随身に尋ねると、「夕顔」だと答えた。

夕顔の花

源氏がその花を手折ってくるように言ったので随身が夕顔を手折ると、中から愛らしい童女が扇に香を燻らしたものを差し出してきて、「手で持つのも不格好なので、これに載せてあげてください」と言った。

ちょうど惟光が出てきたので、随身は惟光の手から扇に載せた夕顔をを源氏に渡してもらい、源氏は乳母の家へと入った。

尼となった乳母は源氏の訪問を喜び、涙ぐんでいた。「再び源氏に会えたのでもう思い残すことは無い」という尼に、源氏は「死ぬのは私の出世を見てからにしてください」と言い、自身も涙ぐむのであった。

集まっていた尼の息子や娘たちは、最初は尼となっているにも関わらず源氏に未練を残していた様子の母に批判的であったが、ふたりの様子に次第に母への同情を感じてきたのであった。

源氏が帰ろうとしたとき、さきほどの扇をよく見ると、綺麗な字で歌が書かれているのに気が付いた。

心あてにそれかとぞ見る白露の光添へたる夕顔の花

散らし字は上品で風流を感じる歌である。源氏はこの歌を詠んだ女性に興味を持ち、惟光に「隣に住んでいるのはどんな人か?」と尋ねた。

すると惟光は源氏の女好きをよく知っていたので「よく知りません」とだけ答えた。

ただ惟光は本当に隣のことをよく知らなかったので、源氏に促されるままに隣に住んでいる人のことを聞きに行くことになった。

それによるとどうやら、主人は地方の介をやっていて田舎におり、若い風流好きな細君が住んでいるらしい。女房勤めをしている姉妹がよくやってくるということだ。

自分が光源氏であるということはばれてしまっているようなので、懐紙に字体を変えて

寄りてこそそれかとも見め黄昏たそがれにほのぼの見つる花の夕顔

と書き、随身に持たせて送った。隣の家の人たちはふたたび返事を送らねばと思っていたであろうが、随身は手紙を渡しただけで帰ってきた。

源氏は車で乳母の家をあとにした。隣の家はもう高窓の戸を下ろしてあり、蛍の光のようかすかな明かりが見えるだけであった。

六条の貴女

源氏は六条の恋人のもとに向かった。

六条の貴女の屋敷は大きく、庭も広く、室内も優雅で落ち着く雰囲気であった。

相変わらず源氏に対して打ち解けない雰囲気の貴女であったが、源氏はもう夕顔の花のことを忘れていた。

夕顔の花の家が気になる源氏

夕顔の花の家は源氏の通り道でもあったから、源氏は通るたびにその家が気になっていた。

惟光が聞いたところでは、五月ごろから誰か秘密にしている人が住んでいるそうで、そっと覗いてみると、そこには美しい女性がいて、物思いに沈んでいるようだとのことである。

なんと惟光は隣に住む女の一人と手紙のやりとりまでしているようだ。

源氏は隣の女性の正体が知りたいと思い、もしこれで趣のある女性でも見つかればきっと嬉しいだろうと思った。

空蝉

源氏は空蝉のことを思い出していた。

そこへ空蝉の夫である伊予介が帰京し、源氏のもとへ伺候してきた。どこか上品で、任地の温泉の話も聞きたかったが、罪悪感をも感じていた。

空蝉の冷淡さは、この良き夫のことを思うと、当然の態度であるとも思われた。

伊予介が空蝉を連れて任地へ戻るという噂を聞き、空蝉にもう一度会いたいとは思っていたが、なかなか会えるものでもなかった。

ただ手紙の内容は優しく可憐であり、源氏の心をひくものであった。

冷淡で恨めしいと思いつつも、空蝉は源氏にとって忘れられない女性となっていた。

もうひとりの女性はたとえ結婚をしてもどうにでもなるだろうと思っていたので、色々な噂を聞いても気にはならなかった。

秋になった。

この頃の源氏は初恋の進展のこともあり、正妻のいる左大臣家に通うことも少なくなっていた。六条の貴女とも心の隔たりを感じていた。

六条の貴女はというと、ものを思いこむ性格であり、源氏より八つ上の25歳であったことから、源氏の訪れない夜には非常に煩悶していたのである。

霧の濃い朝、源氏が六条の貴女のもとから帰るとき、貴女に仕える女房である中将の美しさを見た源氏は中将の手を取り口説こうとしたが、

朝霧の晴れ間も待たぬけしきにて花に心をとめぬとぞ見る

と、上手に断られた。

美しい源氏のもとに仕えたい、仕えさせたい、と考える者は多かったが、中将はそんなことはまったく思っておらず、女主人のもとへもっと源氏が通ってくれればいいと考えていたのである。

五条の家の夕顔の花の女性については、惟光がまだ調べていた。

車で家の前を通った人たちを見て、その家の者たちは、頭中将に仕えるものたちの名を話していたという。

もしかしたらその家の女性は、以前に聞いた頭中将の忘れられない女性「常夏の歌の女」ではないかと考えた源氏は、もっと詳しく知りたいと思った。

惟光も源氏の心を感じ取ったので、隣の家に行ったときの様子を話したりした。

源氏は笑って、「今度お見舞いに行ったときに、ついでにお隣の家を覗かせておくれ」というのであった。

そして源氏の機嫌をとろうと思うと同時に惟光自身も女好きの性質であったので、苦心の末、源氏をお隣の女性のもとへ通わせることが叶ったのである。

女は男が誰であるかを詮索しなかったし、源氏もまた自分のことをわざと質素にみせて正体を分からなくして女の家へ通った。

ただ女の方でも不思議に思い、手紙が来たときや朝帰るときにあとをつけさせたりもしたが、源氏も心得ていたのでうまくはぐらかしていた。

源氏はこの女性にすっかり心をひかれていた。一時的な関係で終わらせられるとも思えず、若々しい一方で処女でも貴婦人でもない彼女にどうしてこんなに心が惹かれるのかと、源氏は思い悩む日々を過ごした。

女の方も源氏のことはその感触から若い風流男であることは分かっており、隣に住んでいる男がからんでいるのだろうと予想はしていたものの、その隣の男も相変わらず家のものに文を送ったりなどしているから、これはいったいどういうことなのかと悩んでいた。

こんな風に源氏が素性を隠したままでいるために、源氏もまた女の素性を知ることができないのであった。

ただこの五条の家が、女の仮の住まいであることは分かっていた。

もし突然行方が分からなくなりでもしたらきっと自分は耐えられない、こんなに心を惹かれたのは初めてだ、と思った源氏は、この夕顔の女を自分の邸宅である二条院へ迎えようと決め、女にも「家で住まないか?」と持ち掛けた。

女は不安だといいながらも段々とその気になっていく様子で、これほど純な女を愛さずにはいられないと、源氏は感じるのだった。

しかし同時に、やはりこの女は初めに思ったとおり、頭中将のいう「常夏の女」ではないかと思うようにもなった。

けれども女が素性を語らないのにはわけがあるのだろうと思い、問い詰めたりすることはなかった。また女の気持ちに不安を感じることもなかった。

八月十五夜

八月の十五夜のことである。夜明け近くに女の家で目を覚ました源氏は、明るい月光が差し込み、家の中の様子が少し見え、近所のものたちが話をしている声も聞こえてきた。

そういうとき、普通なら女は決まり悪がって恥ずかしがるものであるが、夕顔はそう感じている様子を見せまいとしているようであった。

生活の音や鳥の声が聞こえ、なかにはやかましいと思えるものもあったが、源氏はそこに秋の悲哀をも感じた。

源氏と夕顔の女は、引き戸を開けて一緒に庭を眺めることにした。

夕顔は白い袷(あわせ)に柔らかい薄紫を着ており、ほっそりとした繊細な感じのする美人であった。弱々しい可憐さがあり、もう少し才気があればいいと思いながらも、源氏はもっとこの女のことを知りたいと思うのであった。

「さあ出かけましょう」と源氏は言った。近くの家に行って、もっと語り合いたいと思ったのである。

誰ともわからぬ男ではあったが、女主人のことを深く愛していると分かっていたので、家の者たちも源氏のことを信頼していた。

優婆塞うばそくが行なふ道をしるべにて来ん世も深き契りたがふな

五十六億七千万年後の弥勒菩薩(みろくぼさつ)の再来の世までの変わらぬ誓いを、源氏はしたのである。

夜も明けてきたので目立たぬうちにと思い、源氏は女の身体を抱いて車へと乗せ、五条に近い帝室の後院である某院へと入った。

いにしへもかくやは人の惑ひけんわがまだしらぬしののめの道

女は心細いと言っていたが、無理もないことだと源氏は思った。

右近はそんな女主人を見ながら、過去あったことを思い出しつつ、預り役がする男への振舞いなどを見ていて、この男の正体が分かってしまった。

まだ薄暗い頃に家へと入った。体裁よく座敷がこしらえてあった。

源氏は他に誰か呼ぶべきかと右近に問う預り役に、「誰にも分からない場所を選んだのだから、このことはお前だけの秘密にしてほしい」と口止めをした。

この預り役は、源氏の下家司(しもけいし)でもあった。

家司(けいし)というのは、高貴な家に仕えて実務を行う者のことで、現代でいうところの秘書や執事みたいなもの。そのなかでも官位が低いものは下家司(しもけいし)と呼ばれる。仕事ができることが求められる!!

この家は庭もとても荒れていたが、夕顔と打ち解けてゆくにつれて源氏の美しさが対照的に魅力的に思われた。

女はまだ素性を打ち明けるほどには打ち解けておらず、問うてもはぐらかすのだが、その様子もまた源氏には美しく感じられた。

源氏の居所を突き止めた惟光が菓子を持ってやってきた。惟光はこれまで白ばっくれていた右近に会うのが気まずいと思い、近くには寄ってこないのであった。

主人である源氏への羨望と、自分のものになったかもしれない女を源氏へ譲った自分の心意気への自嘲を、惟光は感じるのであった。

その日の夕方~夜

夕方になった。

暗い場所やこの家が夕顔は怖いようだった。簾を上げて夕雲をいっしょに見たりしたが、源氏は格子をはやく下ろさせて灯りをつけた。

「わたしはすっかり秘密を打ち明けたのに、あなたはまだ秘密をお持ちなのですね」などと恨み言を言ってみる源氏だったが、これほどまでにこの女を溺愛していることを不思議にも思っていた。

今日一日、源氏は行方不明となっていたはずで、帝もきっと自分を探しているだろう。

六条の貴女もきっと煩悶していることだろう。恨まれるのは嫌なことではあるが、恨まれるのも当然だ、とも思う。

六条の貴女のことは愛していたが、彼女の持つあまりにも高い自尊心が彼女自身を苦しめているのを思うと、自尊心を少し取り払ってしまえばいいのに、と夕顔を見ながら比べてしまうのであった。

夜、少し眠っていた源氏が目を覚ますと、枕元に座った美しい女が恨み言らしきものを言いながら夕顔を起こそうとしているように見えた。

源氏が起きると同時に灯りも消え、その不気味さに源氏は太刀を抜いて右近を呼び起こした。

近くに来た右近も非常に怖がっており、宿直の者に蝋燭を持ってくるよう言いに行かせたかったが「暗くて怖い」という。

「子供らしいことを」と源氏は笑って見せたが、あたりはしんと静まったままで、夕顔も震えていた。意識があるのかないのかも疑わしいほどだった。

右近が言うには、夕顔は非常に怖がる性質でもあるという。今日の昼間の様子を思い出すと、源氏はかわいそうになってきた。

源氏は右近に夕顔を任せ、自ら宿直の者を呼びに行くことにした。部屋を出ようとすると、渡殿の灯りも消えた。風も少し吹いている。

大方の者はもう寝てしまっており、また宿直も三名だけしかいない。惟光も帰ってしまったようだ。

源氏は蝋燭をつけること、魔性のものに備えることを命じた。

寝室へ戻ると、夕顔はもとのままの姿で寝ており、右近はそばでうつぶせになっていた。

夕顔の怖がり様をいぶかしがりながらも、源氏が右近を引き起こして話を聞くと、とても気持ちが悪いから下を向いていたということだ。夕顔の気持ちを案じている様子である。

そして源氏が夕顔に触れると、息をしていなかった。弱々しい人であったから、物怪(もののけ)に憑かれて気を失っているのだろうか?

宿直の者が蝋燭の灯りを持ってきたが、右近は動けない。

主君の寝室へ入るなど思いもよらない宿直の者も動けないので、源氏は「もっと近くへ」と呼び寄せ、灯りを近くへかざした。

すると、源氏が夢で見たとおりの女が枕の近くに見え、すっと消えた。

源氏は恐ろしくもあったが、それ以上に恋人の方が気がかりだった。

夕顔を抱いて呼びかけるが、その身体はどんどんと冷たくなっていく。

右近も夕顔の死を知り、恐ろしさを忘れてただ泣いていた。

それでも源氏は心を強く保ち、惟光を探して呼んで来るように言いつけた。惟光の兄である阿闍梨もいれば一緒に呼んでくるようにも言いつけた。

その母である尼君には知られないようにとの気遣いも忘れなかった。

どうしてこのような寂しいところへ来てしまったのだろうという後悔の念もわいてきた。このことはきっとすぐに知れ渡ってしまうだろう。

右近はというと、夕顔にすがりついて泣いており、右近もまた死んでしまうのではないかと心配になるほどであったので、源氏は右近もその腕に抱きかかえた。

長い夜が明けつつある頃、やっと惟光が来た。惟光を見ると、源氏は急に悲しみが大きくなって泣いた。

阿闍梨は昨日、叡山へ帰ったらしく、来ることはなかった。

源氏も右近も惟光も若く、こういうときにどうしたらいいのか分からなかった。

しばらく経って惟光がやっと、秘密が漏れないようにするためにもここを出るようすすめた。

惟光の乳母が東山に住んでいるそうで、そこに遺骸を運ぶことにして、夕顔の遺骸を茣蓙にくるんで車に乗せた。

茣蓙から髪がこぼれ出でているのを見て、源氏は夕顔を煙になるまで見送りたいと思ったが、惟光は源氏は二条院の自宅へ帰るべきだと告げた。

遺骸には右近を付き添わせ、惟光は自分の乗ってきた馬を源氏に貸して二条院へと帰し、自身は徒歩で車に付き添うことにした。

悲しむ源氏を見て、惟光は自分のことはどうでもいいからと思ったのである。

二条院

二条院へ帰った源氏は憔悴していたが、どうして車にいっしょに付き添っていかなかったのかという思いもこみ上げ、頭も痛く熱も出て苦しかった。

皆が心配しているなか、宮中からも使いが来たし、色々なものが心配して訪ねてきた。

そのなかで、源氏は頭中将だけと御簾ごしに話をすることにした。

源氏は頭中将に、「乳母の見舞いに行ったら、そこの家の者が亡くなり車で運ばれていった。穢れがあるので宮中には行けない。風邪もひいてしまったようだ」というようなことを説明した。

頭中将は「そのように奏上しておきましょう」とは言ったものの、これが本当のことだとは信じてはいないようであった。

しかし源氏は、疑われても本当のことは言わなかった。

夕方になって、惟光が戻ってきた。

夕顔はたしかに亡くなり、右近もまた死んでしまうのではないかという風だったという。

明日は葬儀に良い日だということ、五条の家にはまだ伝えていないことを聞き、源氏は前よりもいっそう悲しくなった。

東山へ

そんな源氏と惟光の様子を女房たちはいぶかしがっていたが、源氏はもう一度遺骸を見たいと惟光に告げた。

惟光は了承し、源氏は変装して惟光とともに馬を駆って東山へと向かった。

遺骸は生きていた頃と変わらぬ可憐さ、美しさであった。

源氏は泣いた。それを見た僧など、周りの者たちも泣いた。

源氏は右近に二条院へ来るように告げたが、右近は「あの世へ行きたい」と言うばかり。

明け方が近くなり、惟光に促されて源氏は二条院へ戻ることにしたものの、自分の運命や前世に思いを巡らせているうちに落馬し、「二条院まではとても行けない」と言い出した。

惟光はここまで源氏を連れてきてしまったことを後悔したものの、源氏も何とか自分を取り戻し、ようやく二条院まで帰り着くことが出来た。

源氏、床に臥す

しかし源氏の容態は悪くなり、重い容態が数日続き、衰弱して床に臥す日々が続いた。

帝も心配して祈祷などが行われ、源氏のような優れた人物は短命なのではないかなどと世間も心配した。

病床にありながらも、源氏は右近を二条院へと迎え入れた。惟光も同情してよく世話を焼いたし、源氏の近くで世話をさせたりなどしているうちに、右近も徐々に二条院での生活に慣れていく様子であった。

源氏は右近に「わたしも死んでしまうだろう。お前が気の毒だ」というようなことを言うので、右近はもし源氏が死んでしまったら、きっとわたしも悲しいだろうと思うのだった。

ただ、帝があまりにも心を痛めていることを知った源氏は、そのことをもったいないことと思い、また左大臣も毎日二条院へ通って世話をしてくれるため、自身でも何とか病を治そうとさまざまな治療や祈祷を受けた。

その甲斐あってか、源氏は徐々に回復していった。

源氏の回復と右近との会話

九月の二十日ごろには源氏はすっかり回復して、以前より痩せてしまってはいたが、それがかえって艶な雰囲気を醸し出してもいた。

ある日の夕方、源氏は右近を呼び出して話をした。

「なぜ夕顔は自分のことを隠して何も話してくれなかったのだろうか?」

右近は、出会い方もさることながら、夕顔が自分は一時的な恋の対象に過ぎないのだと思っていたと告げた。そしてそのことを夕顔が寂しく感じていたことも言い添えた。

「もっと夕顔のことを教えてくれないか」

右近は夕顔について語り始めた。

夕顔は三位中将の娘として生まれ、非常に可愛がられて育てられた。両親ははやくに亡くなってしまっていた。

そして頭中将がまだ少将のころに通ってくるようになり、関係は三年ほど続いた。

だが頭中将の奥方の父上がおどすようなことを言ってくるようになったので、怖がって西の右京にある乳母の家に隠れた。

そこから郊外へ移ろうと思っていたが、今年は方角が悪いために方違えであの五条の家にいたところ、源氏と知り合った、ということだった。

源氏は自分の予想が当たっていたと思い、その夕顔の優しさにまた思いが募った。

「頭中将は、小さい子が行方知れずになったといって憂鬱そうにしていたが、そうなのか?」

右近は一昨年の春に生まれた女の子がいることを認めた。西の京の乳母の家で育てられているらしい。

源氏はその子を内緒で引き取りたいと思った。従兄の子で恋人の子でもあるから、養女にしてもかまわないだろう。

右近は賛成のようで、

「あのようなところで育っては気の毒です。わたしたちは若いものばかりだったので、行き届いたお世話が出来ないと思い、あちらへ預けたのです」

と言った。

右近によると、夕顔の年齢は十九で、自分はもう一人の乳母の忘れ形見で、夕顔といっしょに育ったということだった。

また、空蝉も源氏へと手紙を送っていた。夫が任地へと赴く日も近かった。

しかし空蝉は源氏とこれ以上の関係になろうとは思っていなかった。理解のある女だということだけを源氏の心に留めておきたかったのである。

関連記事→【第3帖】空蝉(うつせみ)【源氏物語あらすじ・解説】

夕顔の四十九日の法要は立派に行われた。惟光の兄である阿闍梨が取り仕切った。

源氏は泣いた。

頭中将には、娘のことは知らせていない。知らせてやりたいとは思っていたが、恋人を死なせてしまったことを思うと言い出せずにいたのである。

五条の家にも夕顔のことは知らせていない。あの家は乳母の娘の家で、そこにいた右近だけが他人であったので、ことの成り行きを知らせ難いようだった。

そのため夕顔の娘の居所も聞くことができず、ただ月日だけが流れていった。

後日談

夕顔を憑り殺したものが何であったかは、その後源氏の夢に出てきたことから、荒れ果てた家に住み着き、美しい源氏に恋をした物怪であったと思われた。

空蝉も、夫の伊予介にともなって十月の始めに四国へと向かった。

こうした空蝉や夕顔といった華やかではない人たちとの恋は、源氏は隠していたので、ここには書かないでおこうと思ったが、帝の子だからといって完璧な女性との恋ばかりを書いては嘘っぽいので、ここに書いた。源氏には済まないと思っている。

補足

最後の段落は、作者(紫式部)もしくは作品の語り手による追記となっています。こうした作者の主観や感想・心情が表現された部分を「草子地(そうしぢ)」といいます。

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