枕草子

清少納言『枕草子』には内容の違う伝本がある?伝本の系統について

『枕草子(まくらのそうし)』は、清少納言(せいしょうなごん)という女性が、約1000年前に書いたといわれる随筆です。

当時は平安時代、西暦でいうと西暦1000年頃になりますね。

1000年も前のものなので、清少納言が当時書いた本物は残っていません(かなりはやい段階で行方不明になったようです)。

現在伝わっているのは、昔の人が書き写したり編集しなおしたものが伝わった「伝本(でんぼん)」といわれるものです。

長い時間を経て、現在伝わっている『枕草子』には、本文や章立てが違っているものが複数あります。

この記事では、その伝本の系統についてまとめています。

大きく分けて四つの系統がある

現在伝わる『枕草子』には、大きく分けて、

  • 三巻本(さんかんぼん)
  • 能因本(のういんぼん)
  • 前田家本(まえだけぼん)
  • 堺本(さかいぼん)

の四つの系統があります。原本はかなり早い段階から行方不明です。

これら四系統はそれぞれ違いがあり、章段の配列や本文そのものが違います。

三巻本系統

三巻本は、全体が三冊セットになって伝わっているのが由来です。

ただ、もともとは上下二巻で各二冊ずつの、4冊セットだったと考えられています。

ですが最初の一冊分が無くなってしまい、そのため残った三冊だけが書き写されて現代まで伝わったんですね。

この三巻本は清少納言の息子系統に関りを持つとも言われています。

三巻本で最も古いものは、安貞2年(1228年)3月のもので、耄及愚翁(もうぎゅうぐおう)という人が書き写したものです。

池田亀鑑(いけだきかん)氏の推測によると、この 耄及愚翁(もうぎゅうぐおう) は藤原定家のことだそうです。

1228年というと、最初に書かれてから約200年後ですが、この奥書によると、当時すでに書写の参考にするための善本がなかったそうです。

三巻本には、通常の最終章段のあとに、「一本 きよしと見ゆるものの次に」とまとめられた章段群が入っていることも特徴です。

三巻本の一類と二類について

三巻本はさらに一類・二類に分類されます。よく三巻本(一類)のように書かれていますね。

一類本の方がより純粋な本文と考えられますが、やはり最初の四分の一が欠落しています。

二類本は、一類本を大元として堺本その他を参考に校訂・改定がなされたと考えられる伝本です。

また、”両類”と呼ばれるものもあります。

能因本系統

能因本は、伝能因所持本で、上下二巻に分かれています。

能因(能因法師)は『小倉百人一首』にも歌が採択されいてる人物で、姉妹が清少納言の息子に嫁いだとされています。

伝本は室町末期より前のものは見られず、現存する伝本も少ないです。

しかし、江戸時代に印刷され出回った本文が能因本系統のものだったので、その後は能因本系統がメジャーな本文になりました。

そのため、本文研究の歴史には、能因本の影響が大きく及んでいます。

前田家本系統

前田家本は、前田家に伝わる四冊本で他に類本がありません。

書写も古く、鎌倉中期を下らないとされています。

堺本系統

堺本は、上下二冊からなっています。

近世初期より前にさかのぼる写本はありません。

特徴として、日記的章段がないです。

各系統の編纂の違い

雑纂形態本

三巻本と能因本は、章段の配列が秩序立っておらず、雑纂形態本と呼ばれています。

類纂形態本

前田家本と堺本は、章段の配列に秩序があり、類纂形態本と呼ばれています。

原本はどんな形態だった?

長年に渡って行われてきた章段の配列や本文の研究から、もともとの原本は雑纂本の形態であり、その文体の変遷からみて、現在は三巻本がより原本に近いと考えられています。

参考文献

  • 清少納言・石田穣二訳注『新版枕草子(上巻)付現代語訳』角川ソフィア文庫(1979)
  • 松尾聰・永井和子校註・訳『新編日本古典文学全集18 枕草子』小学館(1997)