小倉百人一首

13番歌 つくばねの(陽成院)

つくばねの 峰よりおつる みなの川 こひぞつもりて 淵となりぬる

ばねの みねよりおつる みなのがは こひぞつもりて ふちとなりぬる

現代語訳

筑波山の峰から流れ落ちてくる水無川の水が積もって深い淵となるように、あなたへの恋が積もって深い淵となってしまったのです。

この歌は、15番歌の作者である光孝天皇の第三皇女綏子(すいし)内親王に送った恋歌です。のちに二人は結婚しています。

筑波嶺

「つくばね(筑波嶺)」は、常陸国(茨城県)にある筑波山のことです。

古代から「歌垣(うたがき)」が行われ、男女交歓の場でもありました。

「歌垣」は、男女が集って求愛の歌をかけあう、予祝(よしゅう)・感謝といった呪術的側面も持つ儀式です。古来日本では春と秋に行われていました。同様の習慣は、広くアジア地域にもみられます。

筑波山から流れる「みなの川」は、「水無川」「男女川」とも書きます。

「淵」は、水が深くよどんでいるところを表します。

筑波山から滴り落ちた水が少しずつ流れていき、やがて深い淵となる。作者の恋も同様に深い淵となっていくさまが、二重の文脈で水の流れと重ねられています。

水と愛の深さとともに、どこかどんよりとした狂気も感じてしまう歌です。

作者:陽成院

第57代天皇。清和天皇の第一皇子で、西暦869~949年を生きられました。

9歳で即位し、奇行が多いとして藤原基経に17歳で退位させられています(数え年です)。その後は上皇として歴代一位となる65年を過ごしました。

奇行や退位の経緯に関しては不明な点も多く、問題行動はあったのかもしれませんが、摂政・基経と母・高子の不仲と権力争いが大きく影響していると言われています。

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