28番歌 やまざとは(源宗于朝臣)
藤咲
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山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人めも草も かれぬと思へば
やまざとは ふゆぞさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへば
現代語訳
山里は、冬こそいちだんと寂しさが感じられるなあ。人の訪れも草も枯れてしまうと思えば。
「かれ」は「離れ」「枯れ」の掛詞になっています。
「山里」の位置づけ
平安時代になって、中国の「隠遁思想」の流行から、山里は憧れの対象となっていました。
「冬」の位置づけ
『百人一首』がつくられた中世初頭は、「冬」という季節が注目された時期でした。「冬の月」の美しさを詠んだ和歌も増え、それまでの「秋の月」をもっとも美しいとする思想に変化が出始め、「幽玄の美」に通じる美意識の芽生えが感じられます。
藤原定家がこの歌を『百人一首』に採択した理由も、作者の生涯や境遇を想像させる歌であると同時に、当時のそうした美意識にもとづいたものと思われます。
作者:源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)
「三十六歌仙」のひとりで、『寛平御時后宮歌合(かんぴょうのおんときのきさいのみやのうたあわせ)』の作者。
光孝天皇の孫にあたりますが、源氏姓を賜って臣籍にくだりました。あまり官職には恵まれなかったようです。
『大和物語』には、宇多天皇に自分の不遇を和歌で訴えた話がおさめられています。
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