小倉百人一首 51-60
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53番歌 なげきつつ(右大将道綱母)

藤咲まよい
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なげきつつ ひとりぬる夜の あくるまは いかに久しき ものとかはしる

なげつつ ひとりぬるよの あくるまは いかにひさしき ものとかはしる

 『蜻蛉日記』には、この歌を詠んだときの状況が書かれています。

天暦五年(955年)の初冬、夫(藤原兼家)があんまり自分のところに来ないので、ある日召使に後をつけさせた。そしたらやはり違う女のところに行っていた。だから何日かして自分のところに来たとき、夫と知りながらも門を開けずに帰らせた。そのあとに、色変わりした菊にこの歌をつけて夫に送った。

 とのことです。

現代語訳

嘆きつづけてひとりで寝る、夜が明けるまでの時間というものがどんなに長いか、あなたにはおわかりにならないでしょうね。

「あくる」からは「夜が明ける」と「門が開く」の二つの意味を読み取れます。「門が開くのを待つ時間は長かったでしょう?」という意味も感じ取ることができます。

ちなみにこの歌に対する夫の返歌は

げにやげに 冬の夜ならぬ 真木の戸も 遅くあくるは わびしかりけり

だそうです。「おっしゃるとおりです、つらいですねえ」という感じの内容で、あまり真剣さが感じられないお返事ですね。

作者:右大将道綱母(うだいしょうみちつなのはは)

 『中古三十六歌仙』『女房三十六歌仙』のひとり。10世紀の歌人で、『蜻蛉日記』の作者です。『卑尊分脈』には本朝三美人のひとりと書かれています。

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