【第34帖】若菜・上(わかな・じょう)【源氏物語あらすじ・解説】
光源氏39歳12月から41歳3月までの話。
対訳にはなっていませんのでご注意ください。
あらすじ
女三宮
源氏の兄である朱雀院は、六条院の行幸のあとから病気を患い、出家しようと考えていました。
しかし後見人のいない、娘の女三宮の将来が心配で出家をためらっていました。
弟宮の蛍兵部卿宮や藤大納言、柏木など、多くの貴公子が婿候補にあがっていたものの、朱雀院は迷っており、やがて源氏に宮を託すことに決めます。
源氏も女三宮への好奇心がまさり、その話を承諾してしまったのです。
それまで周囲から正妻格として認められてきた紫の上は動揺します。
けれども本心は隠して、紫の上は女三宮を源氏の正室として迎える準備をすすめます。
年が明け、二月に女三宮が六条院に入りました。
しかし女三宮の様子があまりに幼いことに、源氏は失望してしまうのでした。
また、紫の上はこうした出来事に心の内に悲しみを抱くようになり、次第に出家を望むようになっていきました。
朧月夜との再会
朱雀院の出家後、院が寵愛していた后妃たちもそれぞれ自邸へと下がります。
源氏とかつて許されざる恋に落ち、源氏が須磨・明石へと追われる原因となった朧月夜も、実家(かつての右大臣邸)へ帰った事を、源氏は知ります。
源氏から「久し振りに会いたい」と使いをよこされた朧月夜は頑なに拒否しましたが、源氏は元右大臣邸へと赴き、朧月夜とよりを戻してしまいます。
翌朝六条院に帰った源氏は、これまでと違う紫の上の態度に戸惑います。
明石女御
一方、内裏にいる明石女御は体調が優れず、「実家の六条院へ帰りたい」と訴えていました。しかし東宮(後の帝)が許さず、鬱々とした日々を過ごしていました。
明石女御は懐妊していました。そこで東宮もようやく六条院への宿下がりを許します。
六条院に帰った明石女御に対面するついでにと、紫の上は女三宮への挨拶を申し出ます。
源氏の四十賀
十月、源氏の四十賀が盛大に執り行われました。
紫の上、秋好中宮を始め、上達部や殿上人など世間中が饗応の準備に明け暮れました。
明石女御の出産
年が明け、明石女御は産み月が間近に迫ったものの、体調が悪く、冬の御殿へ移り住む事が決まります。
そこで明石女御は明石尼君との対面を果たし、誕生時の経緯を聞いて涙を流します。
三月、女御は東宮(後の帝)の男御子を出産しました。
人生最大の栄華に喜ぶ明石の御方たちでしたが、明石入道の消息文を読み涙を流すのでした。
柏木
一方、かねて女三宮の降嫁を切望していた柏木(内大臣の息子)は、その後も未練を残していました。
三月末、六条院の蹴鞠の催しに訪れた柏木は、飛び出してきた唐猫の仕業で上がった御簾の奥に、女三宮の姿を垣間見てしまいます。
それ以降、柏木はますます女三宮への思いを募らせていくのでした。
簡単な解説
紫の上は周囲にも源氏にも「正妻格」として扱われていましたが、正式には結婚していないため「正妻」ではありません。
源氏の最初の正妻は葵の上、二人目の正妻が女三宮になります。
紫の上は実子もたしかな後見もなく、正式には正妻でもなかったので、自身の立場の不安定さに気づいてからは、悩みや苦しみを深めていました。
源氏がそうした紫の上の悩みに気付いて煩悶するのは、紫の上の死後となります。