小倉百人一首 31-40
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35番歌 ひとはいさ(紀貫之)

藤村さき
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人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香にひほひける

ひといさ こころもしらず ふるさとは はなぞむかしの かににほひける

『古今和歌集』(春上)の詞書(ことばがき)によると、大和国(現・奈良県)初瀬(はせ・はつせ)にある長谷寺(はせでら)に参詣するため、常宿としていた家に久々に行ったら、「ちゃんとここに宿はありましたのに、お久しぶりですねえ」というようなことを言われたそうです。それに応えて、そこにあった梅の花を折って、その場でこの歌を詠みました。

現代語訳

人の心というものはさあ、どうだろう、分からないものですね。奈良の都で昔から変わっていないのはこの梅の花の香りだけですね。

「人」は初瀬の家の女主人を指しています。「ふるさと」は旧都の奈良のこと。「花」は詞書から梅の花を示しています。

懇意にしている常宿の女主人と交わした当意即妙のやりとりで、皮肉に対して皮肉で返しています。お互いに信頼した良好な関係を築いていることが想像できる一首です。

長谷寺(はせでら)

現在の奈良県桜井市初瀬にある真言宗豊山派のお寺です。正式には豊山神楽院長谷寺といいます。「花の御寺」としても有名です。

『万葉集』にも「隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)」とうたわれており、古い歴史を持っています。

長谷寺を詣でることは「初瀬詣で」と呼ばれ、『枕草子』『源氏物語』『更級日記』『蜻蛉日記』などにも登場するお寺です。

長谷寺公式サイト→https://www.hasedera.or.jp/

作者:紀貫之(きのつらゆき)

「三十六歌仙」のひとり。

延喜五年(905年)醍醐天皇の命で『古今和歌集』を紀友則・壬生忠岑・凡河内躬恒と共に撰上しました。

そのとき『古今和歌集』の序文を”平仮名”で記した「仮名序」を執筆し、また『土左日記』を”女性仮託”を行うことによって”平仮名”で執筆しています。

「屏風歌」の名手でもあり、家集『貫之集』はその多くが屏風歌で占められています。

和歌のみならず、のちの文学に大きな影響を与えた人物です。

感想

紀貫之と初瀬の家の主人との間の、表面上の社交辞令的な対応ではない、ちょっと軽口をたたきあえる仲の良さが感じられます。

それでいて何となく品のある感じがします。

紀貫之は土佐で国司をしていましたが、そこでも当時では珍しく清らかな政治をしたそうで評判がよく、京に戻る際には見送りが大勢来たらしいです。

『土左日記』では亡くなった女児を想い、また”女性仮託”を行い平仮名で記述するとで、記録としての日記ではない自由な書き物をしました。

きっと頭もやわらかくて情を大切にする人だったんじゃないかなあと思います。

それにしても即興でこんな和歌が詠めるなんてすごいですよね!

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『土左日記』紀貫之の記念碑(別サイトに移動します)

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