20番歌 わびぬれば(元良親王)
藤咲まよい
咲くやこのはな
みちのくの しのぶもぢずり たれゆゑに みだれそめにし われならなくに
乱れ模様の着物の柄と、恋に乱れる心が、同時進行で語られています。
陸奥(みちのく)で織られる「しのぶもぢずり」の模様のように、私の心は乱れ模様です。私のせいではないですよ、あなたのせいですよ。
「陸奥のしのぶもぢずり」は東北地方(福島県信夫郡)の名産で、乱れ模様に染められた布です。漢字で書くと「信夫文知摺」となります。
忍ぶ草の茎や葉で、乱れ模様を布に摺り付けます。
参考:信夫文知摺公園(福島市)→http://www.hirama.net/photo/mochizuri/
「~ならなくに」は連語です。文末で用いた場合、「~ではないのだよ」という意味になり、文中で用いた場合は「~ではないのに」という意味になります。
この歌は『伊勢物語』にも引かれ、初段にこの歌をふまえた恋歌が詠まれています。
春日野の 若紫のすり衣 しのぶの乱れ 限り知られず(『伊勢物語』初段より)
源融(みなもとのとおる)のことです。
嵯峨天皇の皇子で、『源氏物語』の主人公である光源氏のモデルの一人だとされています。
「六条河原院(現・渉成園)」は作者がつくった豪華な別荘です。
南北朝時代に書かれた『源氏物語』の注釈書である『河海抄(かかいしょう)』には、光源氏の邸宅「六条院」のモデルの一つが河原院だとあります。
河原院にはかつて陸奥国の塩竃を模した庭園があり、難波・尼崎から運んだ海水で満たした池もあって製塩を行うなどしていましたが、やがて廃墟となりました。
また、嵯峨にあった別邸の栖霞観の地は現在の嵯峨釈迦堂清凉寺に、宇治にあった別邸の地はのちに平等院となっています。
滋賀県大津市に源融神社があります。その他、尼崎にある琴浦神社の祭神は源融となっています。