【第23帖】初音(はつね)【源氏物語あらすじ・解説】
光源氏36歳の新春のお話です。
六条院の正月の様子が描かれ、正月の行事や雰囲気が感じられます。六条院や二条院に住む女性たちが次々と登場し、その個性や関係性がわかりやすく描かれています。
江戸時代の良家の子女たちは『源氏物語』を「初音」から学んでいきました。
対訳にはなっていませんのでご注意ください。
登場人物
光源氏、紫の上(春の女王)、姫君、明石の上(北の御殿)、花散里(夏の夫人)、玉鬘(西の対の姫君)、末摘花(東の院)、空蝉
あらすじ
源氏の邸宅である六条院の正月の様子です。源氏は六条院や二条院を順にまわりながら皆に挨拶をしていきます。正月の饗宴の様子も描かれています。明石の上が産んだ姫君は紫の上のもとで養育されています。
新春一日目
紫の上と明石の姫君のもとへ赴く源氏
源氏の邸宅である六条院の初春の庭のながめは格別であったが、とりわけ春の女王(にょおう)たる紫の上の庭はとりわけ素晴らしく、梅花の香りと薫物の匂いが入り混じって、まるで現生の極楽とはここのことであるかのようだった。
若い女房達は姫君につき、少し年上のものは紫の上の傍についていた。
皆がさまざまな正月の祝いに興じていると、源氏があらわれたので、皆は居住まいを正して源氏を迎えた。
そして源氏と紫の上は、長く変わらぬ愛を誓いあうのであった。今年は元日が子(ね)の日にあたり、千年の春を祝うのにふさわしい。
源氏が姫君のいる座敷へ行くと、北の御殿から贈り物が届いているのに気が付いた。北の御殿の明石の上は姫君の実母である。作り物の鶯がとまらせてあって、手紙が付いている。
年月をまつに引かれて経る人に今日鶯の初音聞かせよ
「音せぬ里の」(今日だにも初音聞かせよ鶯の音せぬ里は住むかひもなし)と書かれているのを読み、源氏は涙がこぼれた。
姫君を紫の上に預けてから、明石の上は一度も姫君と会っていないのである。
源氏は姫君を手伝いながら、手紙の返事を書かせた。
引き分かれ年は経れども鶯の巣立ちし松の根を忘れめや
少女の書く、ありのままの歌であった。
花散里のもとへ赴く源氏
次に夏の夫人たる花散里へも、源氏は会いに行った。
このふたりは隔てのない友情で精神的に深くつながっており、源氏は理想的な信頼と変わらぬ愛を感じていた。ふたりは肉体的なつながりを超えた夫婦であった。
関連記事→【第11帖】花散里(はなちるさと)【源氏物語あらすじ・解説】
玉鬘のもとへ赴く源氏
また次に、源氏は西の対(たい)へと赴いた。
西の対には養女として迎えた玉鬘(たまかずら)が住んでいる。
玉鬘の実母はかつての源氏の恋人の夕顔であり、実父は源氏の親友である頭中将(当時)である。頭中将は玉鬘がここにいることを未だ知らないでいる。
関連記事→【第4帖】夕顔(ゆうがお)【源氏物語あらすじ・解説】
玉鬘が六条院の西の対へとやって来てまだ日は浅く、調度もそろいきっていないものの、部屋全体の雰囲気はすでにおちついたものとなっていた。
源氏は玉鬘の輝かしい容姿や清さを感じ、情人にせずにはおかれないかもしれないと思いつつも自制し、表面にはそんな思いを出さずにふるまった。
明石の上のもとへ赴く源氏
次に源氏が向かったのは、北の御殿に住む明石の上のもとである。北の御殿は六条院西北にあり、冬の町とも呼ばれている。
気高い艶な世界へ踏み入ったような心地のする部屋。趣味の良い本や褥、琴などが見え、美しい崩し字で書かれた文字には漢字も混ざっているのが見える。
明石の上の姿は見えないが、紙に身に染みる古歌や自作の歌が書かれているのが見える。
姫君から届けられた手紙の返事に興奮したのであろう。人に見られたら気まずい、と思うようなものが散らばっている。
源氏がそれらに筆を添えたりしていると、明石の上が膝行り(いざり)出てきた。
明石の上は思いあがったところもあるが、主君にはきちんと礼をとる聡明な女性であり、それが魅力でもある。
関連記事→【第13帖】明石(あかし)【源氏物語あらすじ・解説】
その姿はなまめかしく、源氏は新春第一日目だというのに、紫の上のもとではなくその夜を明石の上のもとで過ごした。
明け方早くに南の御殿へと戻った源氏は、紫の上の機嫌をとろうとしたが上手くいかず、そのまま眠ることにしたのであった。
新春二日目
新春二日目は臨時の饗宴が催されることになっている。
妙齢の姫君(玉鬘)がいるので、若い高官たちは気合が入っており、例年と違う雰囲気である。
紫の上以外の夫人たちは遠く離れたそれぞれの館でこの饗宴の響きを聞いていた。
新年の騒ぎが少し静まったころ
末摘花のもとへと赴く源氏
新年の騒ぎの少し静まったころ、源氏は二条東院に住む末摘花(すえつむはな)のもとへと赴いた。
末摘花の女王(にょおう)は、形式的には尊貴な夫人として扱われていたが、容姿が残念なことはともかくなぜか服装まで寒そうな様子であった。
しかし末摘花は源氏に真心からの信頼を寄せており、源氏もまた、哀れなこの人を自分だけでも愛してやらなければと思っていた。
源氏は末摘花に注意するような言葉をかけつつ、隣の二条院の蔵を開けさせて、紅の女王とも言われる末摘花に、多めに絹などを贈った。
関連記事→【第6帖】末摘花(すえつむはな)【源氏物語あらすじ・解説】
空蝉
次に源氏は空蝉(うつせみ)の尼君を訪ねた。
このように、源氏は次々と女たちのもとを、あますところなく訪ねて回ったのである。
関連記事→【第3帖】空蝉(うつせみ)【源氏物語あらすじ・解説】
男踏歌
今年の正月には男踏歌があった。御所から朱雀院、そして六条院へと舞い手は回り、六条院へやってきた頃は既に夜の明け方となっていた。
花散里と玉鬘も、見物するために南の御殿へやって来た。
玉鬘は紫の上と言葉を交わし、姫君とも対面をすることができたのである。
源氏は夫人たちが初めて南の御殿へ来た記念に、また集まって後宴をしたいと、秘蔵の楽器を取り出して塵を払わせたりするのであった。
きっと夫人たちもそのことをどんなにか晴れがましく思ったことであろう。
補足
この頃、紫の上は28歳、明石の姫君は8歳、明石の上は27歳、玉鬘は22歳とされています。
紫の上と明石の上は、この時点ではまだ対面したことがありません。初めて対面するのは、のちに明石の姫君が春宮に入内するときです。
春の町には光源氏と紫の上、明石の姫君が居住。夏の町には花散里と夕霧、玉鬘。秋の町は秋好中宮の里邸で、冬の町に明石の上が暮らしています。
また、末摘花と空蝉は、六条院ではなく二条東院に住んでいます。