用語解説

”後朝の文(きぬぎぬのふみ)”とは

日本で国語を勉強していると必ず「後朝」という単語に出くわします。「きぬぎぬ」と読みます。多くは「後朝の文」「後朝の歌」という風に使われます。その意味を見ていきます。

「後朝の文」とは

平安時代は「通ひ婚(かよいこん)」で、男性は日が暮れてから女性のもとへと通い、逢瀬(あふせ・おうせ)を交わしました。

そして夜が明ける前に、男性は帰宅します。

帰宅後に男性は女性に文を送るのが慣わしで、その手紙が「後朝の文(きぬぎぬのふみ)」、添えられた歌が「後朝の歌(きぬぎぬのうた)」と呼ばれるものです。

なるべく早く出すのが当時のマナーだったようです。

なぜ「きぬぎぬ」と呼ばれるのか

別れ際に、脱いで重ねてあったお互いの着物も別れ別れになってしまうことから「衣衣=きぬぎぬ」や「後朝」と表現されるようになりました。

また、後朝の文を届ける使者のことを「後朝の使ひ(きぬぎぬのつかい・ごちょうのつかい)」と呼びます。

「百人一首」にも残る”後朝の文”の歌

「百人一首」にも後朝の文から採られた歌が載せられています。

ただし、43番歌は「後朝の歌」として一般的に分類されていますが、藤原定家は「切ない恋の歌」として解釈していたようです。

『源氏物語』

「末摘花」巻

なるべく早く出すのがマナーの「後朝の文」ですが、源氏は末摘花と初めて結ばれた朝、帰宅してすぐに手紙を送っていません。

なんと、夕方に出したようです。それでもちゃんと出しているだけ、源氏としては真面目な対応です。

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