小倉百人一首 51-60
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60番歌 おほえやま(小式部内侍)

藤村さき
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大江山 いく野の道の 遠ければ まだふみも見ず 天の橋立

おほやま いくののみちの とほければ まだふみもみず あまのはしだて

『金葉和歌集』詞書にこの歌が詠まれたエピソードが書かれています。

作者が都の歌合の参加者に選ばれたとき、歌で有名な母の和泉式部は丹後にいました。それで藤原定頼(64番歌の作者)がわざわざ小式部内侍の局へやってきて、「歌はどうしますか?丹後へ使いは出しましたか?心細いですね」とからかってきたので、引き止めてこの歌を詠んだそうです。

現代語訳

母の住む丹後は大江山を越え生野の道を通り、とても遠い。だからまだ天の橋立も踏んでないし、文も見ておりません。

掛詞をいっぱい入れて、とっさによくこういう返しが出来るものだと思います。

「大江山」は丹波国と山城国にまたがる山で、現在の京都市西北部にあります。

「いく野」は丹波国にあり、現在の京都府福知山市にあります。

「天の橋立」は丹後国にあり、現在の京都府宮津市にある「日本三景」のひとつです。

作者:小式部内侍

長保元年(999年)頃 – 万寿2年(1025年)頃の人で、「女房三十六歌仙」のひとりです。

和泉式部の娘で、同じく中宮彰子に仕えましたが、母を残して早世してしまいます。

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