小倉百人一首

89番歌 たまのをよ(式子内親王)

玉のをよ たえなばたえね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする

のをよ たえなばたえね ながらへば しのぶることの よわりもぞする

「忍ぶ恋」という題を受けて詠まれた歌です。

現代語訳

私の命よ、絶えるならば絶えてしまえ。このまま生きていたら、この心に秘めた恋心が外に出てきてしまうかもしれないから。

作者:式子内親王(しょくしないしんのう)

12世紀中ごろの人で、後白河天皇の皇女で、11歳から21歳まで賀茂斎院(かものさいいん)を勤めました。

藤原俊成(藤原定家の父)に歌の指導を受け、俊成の書いた『古来風躰抄(こらいふうていしょう)』という歌論書は、式子内親王のために書かれたと言われています。

式子内親王は当時の一流歌人でしたが、のちに八条院宅での呪詛事件で犯人とされてしまい、出家しました。

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